これらは、実際にわたしがよく耳にする、アパレル情報にまつわる疑問の声です。 DCブランドブームの先駆けとなったのは、全身を黒一色の、大きな服で固めた女性たちで、カラス族、とよばれました。82年にパリでおこなわれた、春夏向けのプレタポルテコレクションで、川久保玲、山本耀司の、黒一色のファッションが注目され、それを取り入れた洋服が、注目されるようになりました。80年代後半にはいると、新人類世代、と呼ばれる女性たちをターゲットにした、都市生活情報の週刊誌、hanakoが創刊され、この読者層を、ハナコ族と呼び、彼女たちが、新しいトレンドをになうようになります。
1990年代は、バブル経済の崩壊、に象徴される、暗い時代、と思われますが、アパレル業界は、わりと元気な時代でした。就職難が叫ばれた時代でもありましたが、若者、とくに女子高生の元気のよさは特徴的で、90年代は、女子高生の時代、ともいえそうです。ファッションでも、ルーズソックス、茶髪、厚底ブーツなど、コギャルファッションが流行し、街の中から発生してくる流行が目立ち、ストリートファッションが台頭しました。
アパレルメーカーや、デザイナー主導型のファッションではなく、自然発生的に生まれた、ストリートファッションが流行したもと、となったのは、アメリカ発の、ヒップホップカルチャーと、渋谷発の、渋カジファッションでした。シャネラーやアムラー、シロガネーゼ、などが代表的な言葉です。80年代の若者文化で、常に中心となっていたのは、ヒップホップで、ニューヨーク、ブロンクス地区に発生したといわれている、ヒップホップの波は、日本でも定着し、外国人がやるとかっこよく決まる、腰ではくズボンなど、ブラック系ファッション、が流行しました。